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努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

厳しかったから、嫌いでした!(苦言編、その2)

EPA ベトナム 教師生活 日本語教育 遠征

7月1日に書いた前記事の中で、最後にこんなことを書いた。

ある学生、、、じゃなくて研修生が「ほかの日本人の先生は言いません。先生はずっと最初から言います。だから、私たちもよく考えます。ありがとうございます」

う〜ん、、、、、まあ、それはそうなんだけど、、、、、

どこか違和感を覚えませんか?この日本語。「初級日本語から、会話力進歩してないじゃん!」

 

shibasen.hatenablog.com

 そう、「苦言編」いや、この「厳しかったから、嫌いでした!」の記事の、本題はここからです。

6月21日、日本での研修を受けているEPAによる介護士候補者として来日した研修生と再会したのは、1年7か月ぶりのことだった。

ベトナム・ダナンの看護系大学を卒業した学生たちが、「ベトナム人医療福祉人材育成プロジェクト」の日本語ー介護クラスに参加し、たったの10か月の日本語教育で、日本語能力試験N3に大半の学生が合格したわけで、それはそれで、よく頑張ったと評価したい。いや、している。

でもね、その後、多くの学生が日本での介護研修に参加し、更にその後にEPAに参加して、ハノイでの1年間のブラッシュアップを受けているはずなんだよね。その結果として、N2に合格し、中にはN1に合格して今回の研修に参加している人もいる。しかし、、、、

 

話は5月に遡る。久しぶりにダナンの空港に降り立った僕を、ある学生が出迎えてくれた。一瞬、「あれ?トンちゃん?(ダナンの日本食屋・北国にいた、赴任当時仲良しだった店員)」と見間違えたくらい、久しぶりに会ったその学生はあか抜けて見えた。

 

あ、「それは、努くん得意の妄想でしょ!」とは、ダナン在住が長い先輩の日本人仲間の弁。うん、それは当たってる(笑)

「それにさ、トンちゃんの、どこがあか抜けてるの?」うん、それも当たってる(笑)

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↑↑【写真の女性は、学生ではありません、北国にいたトンちゃんです】↓↓

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話がそれた(笑)

それで、迎えに来てくれた学生と空港でいったん別れて、ホテルまで来てもらい夕方まで話したんだけど、、、確かに日本語力は上がっていたと思う。僕が教えていた当時と比べれば。

でもね、それは日本語能力試験に合格するという意味であって、「語彙力」と、それに裏打ちされた「会話力」はどうなの?と思ってしまったんだ。

なぜそんな風に思ったのかというと、「ベトナム人看護師養成支援事業」の受験生、看護学生の指導をした経験があったから。

あのころのハノイの学生って、「勉強の方法」だけ教えてあげれば、自分で努力して伸びていった。もちろん、当時はそんな風には考えなかったけどね。まだまだって、もっとストイックに追い込んでいった。だから、今でも僕のことが嫌いなベトナム人看護師はたくさんいる。

でもね、看護学校に進学した、あるいは看護師になった教え子ばかりでなく、日本に来ることができなくてハノイに残ったみんなも、会うたびに「おお、頑張ってますね!」って思えるような伸び方をしていたんだ。日本語力に限らず。

ただ、彼女たちの時は、僕は0から(あいうえお、から)日本語を教えたのではなく、日本語能力試験(旧)2級以上(中には1年3か月で1級に合格した学生もいた)の実力がある学生に、日本の看護学校受験の国語、小論文、面接試験対策という観点から指導をしたわけ。当時の東京都立看護専門学校なんて、国語の問題に古文の知識が必要な問題が3割も出てましたからね。

で、その指導を2期生から8期生まで7年間やってきて、直接教えたことのない1期生ともそれなりにお付き合いしてきて、その結果、個々人の能力の問題ももちろんあるんだけれども、最初の日本語教育の段階での指導方針の差異が、その後の個々人の「自助努力」の姿勢に如実に、強く影響するということを、体験的に知っていたわけ。

それは、単純に「会話力」とか「語彙力」とかだけではなく、それらに裏打ちされた「思考力」の伸びにどう影響するかという意味で。

そもそも、「自助努力」を直接置き換えることができるベトナム語は存在しないわけで、つまりその概念を一般的には持ち合わせていないってことなんだよね、ベトナム人。

だから、久しぶりに会ったダナンの学生が、N1に受かったとかN2に受かったとか言うのはもちろん嬉しいのだけれども、彼女と会話していて「ん?ちょっと弱いよな、、、、」となったわけ。

 

話を戻す。

ホテルのロビーで話した後、ダナンの日本人の先輩と待ち合わせたローカルのお店に向かうのに、彼女にバイクで送ってもらった。先輩と携帯電話で打ち合わせをして「わかりました。大丈夫です」ということで安心して任せたんだけど、、、、

その電話での指示(案内)は、「何通りと何通りの交差点を右に行って、すぐの大きなお店です」という、ベトナム人的な道案内としてはシンプル且つ十分なものだった。

ところが、そこから先が問題で、要するにわからなくなった(迷った)時に考えることをしてないのがよくわかった。これから日本へ行って介護を生業とする人なのだから、「わかりません。教えてください」と尋ねる勇気と慎重さは必要だし、大切なこと。

でも、指示を一旦受けて「わかりました」と応えたのだから、まずは自分で整理して考えなきゃでしょ。

僕は、ダナンでそういうことを教えてきたつもりだったのだけど、、、、、伸びてないなあ。

二度三度と電話をかけなおして、ようやく目指すお店に着いた。「挨拶だけして、家に帰ります」と、そういう日本人的な常識は身についていたけれども、、、、う〜ん、そういうのは僕が教えたことだしな、、、。

先輩曰く「もの考えない子だね。日本で介護させて、大丈夫なの?」

僕は、「まあ、必ずしも優秀な学生だったわけでは、ないので、、、」

「ああ、やっぱりね」

 

まあ、ダナンの3期生がそうなっちゃったのには、ちょっとした理由があるんですけどね。その件は、次回ということで

【続く】

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