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努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

故人(とも)〜佳き日を迎える友へ〜

辞書を紐解くことは、おもしろい。

特に「漢語」「漢文」や「現代中国語」をルーツに持っている語彙で、日本語としての解釈が定着した語は、案外「へ〜」と思うような語義、字義にお目にかかることがある。

たとえば、日本語の国語辞典で「故人」という言葉を紐解くと

「故人」1.死亡した人。2.昔からの友人。旧友。

とある。我々の感覚で「故人」とは「既に亡くなった人」をまず思い浮かべるであろうから、当然のごとく前者だと思い、後者は「ああ、そんな意味もあるんだ」という反応である。

ところが、漢和辞典や漢語辞典、現代中国語辞典を紐解くと、

「故人」1.旧友。2、前妻。3.亡くなった人。

とある。語義としては「親しかった人」というニュアンスの方が「亡くなった人」という我々の感覚よりも強いのである。

同じような用例は枚挙に暇がない。我々が日常使っている現代日本語と、漢文や漢語の成立過程を考えたときに、ではどちらの語義が強いのかと考えれば、推して知るべしである。

もちろん、現代日本語の語彙を否定することはないのだけれども。

先日も、高校2年生の現代文の授業の中で、中島敦の『山月記』を扱ったのだが、実は「旧友」と「故人」を使い分けている。しかもだ、「故人」に対して、敢えて「とも」とルビを付している。

まあ、現代の国語教育の中で『山月記』を現代国語として扱うのはどうなのよ?という思いもあるのだが、前者(旧友)は「今となっては音信不通の知人」、後者(故人=とも)は「親しき古くからの友人」と完全に使い分けている。まあ、漢語に精通した中島敦さんらしい表現とも言えるだろう。

 

さて、なんでこんな漢語を持ち出してきたのかというと、もちろん、授業で『山月記』を採り上げ、「旧友」と「故人」について熱く語ったということもあるのだけど、それ以上に、、、、、、

昨夜、facebookのメッセンジャー機能を使った電話が突然かかってきた。facebookでつながっている(「友だち」になっている)知人からは、ネット環境に繋がっていさえすれば電話番号を互いに知らなくても連絡を取り合える。

でもでもでも、直接に連絡を取り合ったのは、、、、、ん?20年ぶりぐらいじゃないのかな?

一瞬、誰か仲間、あるいはどなたか恩師に不幸でもあって連絡をくれたのか?、、、、、と、ドキッとした。

 

故人(とも)は、1990年の8月、大学3年の夏に、一緒に中国旅行に出かけたゼミ仲間のひとりである。スキーにも2回一緒に行ったな。

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 右の写真は、中華人民共和国・北京の天壇公園での故人(とも=彼)とのツーショット。

上海ー西安ー洛陽ー北京と廻ったツアーは、意外な猛暑で暑く、日程的にもきつかったのだが、帰国直前に北京でようやく「まるで秋の運動会のころのような、さわやかな青空」にめぐりあってホッとしたことを覚えている。写真のように「抜けるような青空」だった。

左の写真は、やはり学部3年の2月。『史記』読み合わせの自主ゼミ仲間の後輩たちも巻き込んで、ツアーバスで行った白馬・八方尾根での一枚。なんでこのおっさん(僕)は人民帽を被ってるんだ?(笑)

 

僕たちが好きだった中国は、どこか遠くに行ってしまった。ベトナム・ダナンの学生たちが、「私たちは中国のことが好きではありません。でも、先生は、中国の歴史や文化が大好きです。だから、私たちは先生のことが、、、、」と、半分冗談でツッコミを入れてきたものだが、そのたびに「僕が好きだった中国は、今の中国とは違う国になっちゃったんだよ」と冗談交じりに応え、みんなで笑ったものだ。

故人(とも)たちと中国へ行ったのは、1989年6月の、あの「天安門事件」のちょうど一年後だった。あのころも「中国はどこへ行ってしまうんだろう、、、、」と思いながらの旅だった。

 

話を戻そう。

彼(故人=とも)と直近で逢ったのは15年以上前の話で、一緒に中国へ行った故人(とも=仲間)の結婚式に出席した時のことだった。そんな彼(故人=とも)からの電話の声は、あの頃と変わっていなかった。「僕もやっと結婚することになったので、披露宴に招待したいと思いまして、、、、、」とのことだった。「僕もやっと、、、」という言葉に、一瞬忸怩たる思いが頭を過ったことも事実なのだが、素直に「おめでとうございます。喜んで出席しますよ」と伝えた。 

 

昨日、明らかにオカシナ法案が衆院を強行突破し、法的に参院もよほどのことがない限り突破してしまうという現状に直面し、「日本は、どこへ行ってしまうんだろうか?」と、あの頃の中国に対してと同じように、冷めたような目で見ている僕がいる。

 

故人(とも)の佳き日は、秋。あの日の天壇公園の青い空と同じような、さわやかな思いでその日を迎えたいと、切に思う。

ともあれ、おめでとうございます。久しぶりの再会を、楽しみにしています。

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