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努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

甲子園、雑感

恩師 教師生活 追憶 野球 遠征

高校野球の全国大会もベスト4が出そろい、今日は休養日で試合はなし。

元高校球児でもない僕が、高校野球に殊更に拘る必要もないのだが、自分ではできないプレーに対する憧れがないわけでもない。

でもでもでも、、、

今年の夏の甲子園大会、その全ての試合を見ているわけではないのだが、ホームでのタッチアウトが多いように思う。

「たかが草野球、されど草野球」のキャッチャーとしては、このホームでタッチアウトにすることの快感ってのがあって、見ているだけで興奮する。

イチロー選手に代表される「レーザービーム」も見ていて気持ちのいいプレーなんだけど、これは送球を捕球してタッチアウトにするというプレーを失敗すると成り立たない。草野球の場合、送球が上下左右にそれることはよくあるわけで、まして僕みたいに送球が逸れなくても捕れないことが少なくないので、その快感を味わった回数が少ないへぼキャッチャーとしては、何年たってもその「数少ない快感体験」を忘れられないでいるのだ。

たとえば、所沢の航空公園の球場でやった、自分たちの草野球チーム「ナインズ」対、当時奉職していた予備校のチームの世紀の一戦(笑)は、ライトからの返球を中継した二塁手からの好返球でタッチアウトで試合終了。その時は予備校チーム側のキャッチャーで、二塁から一気に回ってきたランナーはナインズ一の俊足だったこともあり、見ていたマネージャーの女の子曰く「プロ野球みたいだった」と、そんなプレーだった。20年以上前の話だ。

5月にナインズの仲間と飲んだ時にも、地元の球場でのナイターで、6-2-3(ショートゴロ、バックホームしてホームでフォースアウト、一塁に転送してダブルプレー)という快感のシーンを思い出して、懐かしんだ。あの時は、内野ゴロを打たせてダブルプレーとろうと、しつこく続けて内角にシュートを要求。注文通りのショートゴロだったから、捕手冥利に尽きる、、、、ピッチャー(悪友という名の親友)からは「しつこいから!」と怒られたわけだが、いい思い出だ。

 

さて、今年の甲子園に話を戻す。

予選の段階で自分に直接関係がある学校(母校や直接教えたことがある学校)が全滅してしまったので、特に応援する学校もなかったのだが、、、、

組み合わせを見ていて、ありゃまあ、1校だけありましたよ。

富士山の北側の県の代表校。この学校、今は普通科だけになっているのだけど10年ぐらい前までは「衛生看護科」が存在した。当時僕は、予備校(実は現在の職場)と某私立高校の非常勤講師を兼務していて、実はその高校の兄弟校だったんですな。

そのころ、ある教育系広告代理店主催の「進路講演会」の講師に呼ばれることが多くて、特に富士山の北側の県担当の若い営業マンが「僕が担当する看護医療系の講演会は、全部先生にオファー出します」なんて言ってくれていた。

それで僕に声がかかったんだけど、、、、そもそもこれは予備校講師としての仕事なので、高校の授業を休講にしてまでは行けないわけ。でも、せっかく「衛生看護科」からのオファーだし、まして「兄弟校」ということなので、、、国語科の教科主任を通して、教務主任にお伺いを立てたところ、、、「そもそも、予備校の先生ですもんね。相手が兄弟校ですし、せっかくですから行ってきてください」と了解してもらった。たまたま話を聞いていた国語科の若い女性の非常勤の先生が「私が担当の、翌日の〇組と✖組を入れ替えましょうか」と申し出てくれて、自習なんてことにもならずに済んだのだった。ちなみに教務主任は今は副校長になっていて、去年の「塾向けの学校・入試説明会」のあとの懇親会で再会、思い出話に花が咲いた。

ちなみに、その高校は東京の西寄りの地区予選の決勝で負けてしまった(予選の決勝でテレビ観戦すると、なぜかいつも負けるんだよなあ)

 

そんなことをふと思い出したわけで、今回はこの学校を応援しようかと。

1回戦の富士山の麓、南北対決はテレビ観戦。1点差の乱打戦は、見てる分には楽しかったけど、本気で応援していたら疲れる試合だった、、、と思う。

久しぶりに聞く校歌のメロディー(その高校の付属校は、全校同じメロディー)も懐かしかったけど、、、、、あ、横浜がある県の代表もそうですな、

校歌を聞きながら、接戦をものにできなかった富士山の南側の麓の代表校の涙に「ああ、3年生は明日から受験勉強するんだろうな。」と漠然と考えていた。別に東大が凄いとは(あまり)思わないけれど、この高校、毎年東大や国立の大学に何人も合格してる進学校なんだよね。

進学校だから野球は弱いとか強いとかは、モチロン関係ないのだけど、そんな風に思ったのは昔、東京の西側の代表として初めて都立高校が出場した時に、その学校に進学していた中学(ボーイスカウト)の先輩が、「甲子園はいい思い出になったけど、宿題を片づける日程が狂って大変だった、、、、」と言っていたのを思い出したからだ

校歌で思い出したんだけど、【これは全くの私見なんだけど】最近の応援団って、校歌斉唱の時もエールの交換の時も、メガホン使って歌ってるのね。あれ、どうなんでしょ?

先日も、知り合いの高校球児のお母さんと話したんだけど、「もし神宮でね、六大学野球の応援でメガホン口に当てて校歌歌ったら、応援団にカマサレルと思うよ」と。実際、全国大学野球選手権の決勝見に行ったけど、エールの交換時は相手の応援を尊重するし、試合後の校歌は全員(僕の周囲に座っていた観客もみんな)正しい立ち振る舞いで歌っていた。「ああ、みんな卒業生なのね」と納得(笑)

そんなわけで、東京の西側の代表の、都の西北にある大学の系列校の応援に注目していたのだけど、、、やはりメガホンは足元に置いていたな。

なんでそんなことが気になったかというと、2回戦も突破した富士山の北側の代表校の校歌斉唱で、妙に応援団の声が大きく聞こえるなと思ったら、みんなメガホン使って大声で歌っていたので、おいおい、、、、と思ってしまったから。

まあ、別にいいんだけど、いわゆる古豪と呼ばれる学校のエール交換や校歌斉唱を見ていると、「やはり伝統校なのね」と思った。

 

富士山の北側の高校は、残念ながら3回戦で都の西北にある大学の系列校に負けてしまった。

他にも、よくよく考えたら、「学生時代のアルバイト先の焼き鳥屋のマスター・ママのお子さんの母校(彩の国と呼ばれる県の代表)」とか、「学部時代の後輩の母校(当時は女子高)で、付属の大学(当時は短大)の創立者がその子のおばあちゃんで、校長がお父さん。今は共学になって甲子園の常連校になっている学校(だるま弁当が駅弁の駅がある県の代表)」なんてのもあったんだけど、準々決勝までに敗退してしまった。

 

ここまで来ると、あとは「紺碧の空を何回聞けるか」(でも、「スーパー1年生」とか言う言い方はどうなの?って思っちゃうんだよなあ)とか、「決勝は東京の東西対決?」とか、「例の兄弟校の校歌(のメロディー)が聞きたいね」とか、「今年は(も)楽天イーグルスが弱いので、本拠地(コボスタ)で代表になった高校に、景気づけに優勝してもらいましょう」とか、そんな風に考えると、まだまだ楽しめそうだな(笑)

 

ちなみに僕が初めて甲子園で高校野球を観戦した時、40年前の春。読売の現在の監督が今回も出場している横浜がある県の代表校で2年生の時かな。そう言えば、当時の監督が読売の監督のお父さんで、指導者の功労賞で表彰されていましたね。表彰式に読売の監督が出てきたので、初めて亡くなったことを知った。

最後に観戦したのも春。教えていた高校が決勝まで進出したので決勝を見に行ったのだけど、、、、残念でした。

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 写真は、学部4年になる春のゼミ旅行。奈良・飛鳥見物を午前中で切り上げて、「だるま弁当が駅弁の駅がある県(恩師の地元)」から初出場の高校(野球部が硬式になった時の主将が右端の彼)を応援に。25年前なので、左端の僕も若い(笑)ただし、対戦したのが僕の母校の兄弟校なので、、、、不機嫌(笑)

と考えると、春の選抜ばかりなんですね。そうか、、、、だから「かちわり氷」の記憶がないんだな。

 

というわけで、今年の甲子園・雑感の(たぶん)1回目、おしまい。

 

そうそう、開会式直後の開幕戦。世界のホームラン王の始球式。あれはよかった。キャッチャーの構えたところにスーと入ってきた。文句なしのストライクだった。

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