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努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

ベトナムの高齢化対策 ~今に始まったことじゃないんだけど~

EPA ベトナム 教師生活 看護・介護 日本語教育 追憶

 ベトナムのローカルニュースなどを日本語に翻訳したサイト、ベトジョーの記事から。国連人口基金(UNFPA)とグローバルエイジング研究所(GAI)の共催で、高齢化対策のシンポジウムがハノイで行われたとのこと。

高齢化のスピードが世界最速である日本を抜いて、それこそ驚異的なスピードで高齢化が進むのがベトナムなんだけど、今までこれと言った議論も対策もなされてはいなかった。だから、「考えましょう」となったことは、素直に「良かったね」である。 

www.viet-jo.com

 

でもね、なんですよ。

 

20年ほど前から日本の協同組合(現在は発展的に解消して、NPO法人)が各地の病院と協働して推進していた「ベトナム人看護師養成支援事業」では、日本の看護学校受験準備を通して「ベトナムの将来の高齢化」について考えさせていた。看護学校の入学願書には「志望理由」を書く欄がある。面接試験だってあるので、「なぜ日本の看護学校に入りたいのですか?」という疑問・質問に答えなければならない。

そこで、日本の高齢化の事情を、ベトナムと対比させて考えさせたのだ。実は1999年頃に当時の人口動態統計から推測して、高齢化のスピードがものすごいことになることは十分に予測できていた。

実際、Excelに数字を入れていってグラフ化して、ビックリしたのは僕だ(笑)

だからこそ、「なんでわざわざ日本へ行ってまで看護なの?」(これは裏側の事情で、大変な問題なのだが、またの機会に)という本人たちにとっても根本の問題がある中で、「超高齢社会に向かって世界最速で進んでいる日本で看護を学び、病院等で働く事は、将来確実に高齢社会を迎えるベトナムの看護を担う重要な目的になるんだ」という意識を学生たちに芽生えさせることができたし、60名弱誕生したベトナム人看護師たちも、それは「よかった」と実感してくれていることと思う。

彼の国の政府がどう考えていたのかはわからないけど、少なくとも民間レベルでは高齢化に対する意識付けは、ほんの小さなうねりだったけど始まっていたのだ。

そして、「ベト看」の募集停止から7年経って始まったのが、ダナンでの「ベトナム人医療福祉人材育成プロジェクト」であり、これが「日本式介護」の概念を最初にベトナムに持ち込むことになったわけ。日本の社会福祉法人と、ダナンの国立の看護系大学が取り組んだ。

もうこれが始まった2010年には、高齢化の問題は「予測」ではなく「現実の大問題」となりつつあり、日本語の教育と介護教育をドッキングさせたカリキュラムを組んだ。これを受け入れたダナンの看護系大学も、大英断だったよね

 だから、日本語と介護の橋渡しの授業では、最初から高齢化の意識を徹底させた。

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 2010年の推測値で高齢社会突入まで18年。「今の年齢に18足したら、何歳になってる?その時、ベトナムで看護師や介護士として働いているのは、誰?」と意識付けから始めて、

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 介護場面のロールプレイも、ふんだんに取り入れた。

もちろん、10か月の日本語教育の後、日本からケアマネージャーが赴任して、3か月の介護教育(初任者研修に準拠)を行った。

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 ダナンに「予防介護の施設を作れないか」と言う模索が始まり。日本から取り寄せた「予防介護のデイサービス」のDVDを鑑賞したり、「ダナンの高齢者が利用している、日本の予防介護に近いような活動をしている施設はないか?」と、学生と一緒に情報収集したこともあった。

そもそもベトナムには「介護の概念」がなかったのだから、学生たちには「まだ見ぬ介護」なわけだったのだが、1期生が日本での介護研修にでかけ、EPA(二国間経済連携協定による「自然・人の移動」)に基づく看護師・介護士候補者の派遣が現実を帯びてくるにつれて、オモシロいというか、意外なというか、嬉しいが適切か、そんな噂が聞こえてきた。この大学の学生たちが日頃の看護実習でお世話になっている病院に、日本から青年海外協力隊で派遣されている看護師の方から、「実習に来ている看護学生たちが、最近変わってきた。積極的に私の言動を観察しているし、介護ってなんですか?と質問してくる学生もいる」と。

つまり、この「日本語ー介護クラス」に参加していない学生たちにも、じわじわと「KAIGO」の意識が芽生え始めていたということか。

さすが、「噂という情報社会」のベトナムではある。

実際に、病院に行ってみると「う~ん、、、変わってない」部分の方が多いのだけど、そこはまだ「まだ見ぬ介護」でしたからね。

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日本語を全くの0から勉強し始めて半年程度の学生たちが、こんな作文を書いていた。この時点では「まだ見ぬ介護」だし、「先生が大切だと言ったから、勉強する」段階だった。でも、小さな「ベトナムの介護の芽」の出発点であったことは間違いない。

 

僕がダナンから帰って来て、まる2年が経った。教え子たちも多くの人材が、EPAで来日して日本の介護施設で活躍を始めている。「ダナンの、ベトナムの高齢者対策」の進行が楽しみではある。

 

話を最初に戻す。

政府のえらい人や、ある程度現実を見据えることができる人たちが、外国の力を借りながらも動き出したことは、良かったと思う。

でもね、これからのベトナムの看護や介護を担う、若い人材が、もう20年も前から「草の根運動」的に経験を積みつつあり、彼女たちなりに「考え」を持っていることと思う。

シンポジウムをやるのなら、そういった若い人たちの経験を共有し合う機会も作って欲しいなと、強く思う。 

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