努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

旧道散歩、ちょっと考察 第肆(四)回 「安産と子育ての神様 & 八王子ボーイスカウト誕生の地」

 またまた更新の間が開いてしまった。旧道散歩シリーズの続きである。

前回の記事はこちら。

shibasen.hatenablog.com

 自宅から前回の終着点まで旧道を歩いて戻るわけなのだが、途中の京王線と横浜線が並ぶ踏切で、今まで気づかなかったものを発見した。

f:id:shibasenjin2007:20151009132125j:plain

 「小野路街道踏切」って書いてある(笑)

「野猿街道」の旧道なんだけど、「小野路街道」なのである。 

f:id:shibasenjin2007:20151009132305j:plain

さらに、踏切を渡って左手の小路、この坂をあがると新道に出るわけなのだが、、、、、お地蔵さんもいらっしゃった。

f:id:shibasenjin2007:20151010113732j:plain

 まあ、「小野路街道」らしい雰囲気の路であると、あらためて実感した。下の地図のの辺りである。赤の点線部分が前回の散策路であり、この小路である。ちなみに、タクシーの抜け道になっているみたいで、細い道なのに交通量は少なくない。タクシーだけね(笑)

この「小野路街道」「小野路道」なのだが、古地図によると反対側の北野方面に向かって北野天神のところで二手に分かれる。これがまた、オモシロい考察に至るわけなのだが、、、、、先に八王子方面に進んじゃったので、早く前に進もう(笑)

「小野路道」そのものについては資料が乏しいのだけど、

1.鎌倉時代には既に存在していた。「鎌倉街道」に接続していた、、、若しくはその一部と言うことらしい。

2.一応、八王子と現在の「町田市小野路(地名)」を、結んでいる。八王子方の起点については、、、いずれ書きます(調査済み)

3.要するにいわゆる「絹の道」の抜け道だったんじゃないのか?と思うんだけど。

4.ただ、八王子の中央図書館で資料を漁ってみたんだけど、「八王子市史」にもわずかな記述しか出てこなかった。

 

どうやら僕が高校1年生の時の文化祭で、郷土史クラブの発表で立てた仮説の実証につながりそうな予感がするんだけど、、、、、

いかんいかん!八王子方面への道を急ごう!

今日の区間は、↓ こちら。

f:id:shibasenjin2007:20151012135758j:plain

↑ 「明治迅速図」(1886年完成)より。

f:id:shibasenjin2007:20151012134927j:plain

この区間のポイントは、「小野路街道踏切」を含めて5カ所になる。

f:id:shibasenjin2007:20150819173829j:plain

やっと前回の終点に戻ってきた(笑)反対方向(八王子方面)を向くと、新道との重複区間を挟んで ↓ こうなる。

f:id:shibasenjin2007:20150918171615j:plain

左の新道は、ほぼ直線で八王子駅南口に行き着くことができるのだが、ここではもちろん右側の「小野路道」を進む。

道はやや上りながら進むことになり、右手の道や住宅街の「高さ」を見ると、かなり上ってきているのがわかる。この先(西)に「台町」という地名があるのだが、「八王子台地」とでも呼べば良いかな。そして、、、、、ん?

f:id:shibasenjin2007:20150918172140j:plain

地図のの場所に祠を発見。「滝不動尊」なのだそうだ。

f:id:shibasenjin2007:20150918172125j:plain

この一体は湧き水が豊富で

1.滝修行の道場があった。

2.明治期には水車を使った製糸業を営む者もあった。

ということなんですね。

f:id:shibasenjin2007:20151012155843j:plain

祠の真裏を流れる水路。溝(どぶ)になっちゃってるのかな?と思ったけど、意外ときれいな水が流れてた。

ちなみに、この祠の直ぐ隣は「子安一丁目会館」

「子安」は「安産・子育て」の神様を「子安明神」として「奈良時代」から祭られていた、、、って、ほんとですか?(笑)

もっとも、多摩地域の伝承と、『古事記』『日本書紀』等の記述には関係性が存在するって話は実在するので、ちょっと調べてみよう。

それから、中央線を挟んで北側にある「子安神社」とはどう関係するのかしらん?

f:id:shibasenjin2007:20150918172302j:plain

この坂道も階段も、かなり急なんですね。上がると言うよりも上って「小野路道」に戻ろう。ちなみに、最寄りのバス停は「六万坊」6万部の経文と刀剣類を納めた祠があったことが、地名の起こりらしい、、、、これも【要出典】ですな。探してみよう(笑)

 

さ、八王子への道を急ごう。

f:id:shibasenjin2007:20150918172532j:plain

地図の 清流寺。

昭和23年に大正山清流寺として長谷川日序上人によって開かれ、同26年に現在のこの場所に同上を開設、同31年に旧本堂を建立されたと、お寺のHPにある。この立派なお堂は同54年に建立とのこと。比較的新しいお寺なんですね。

実は、このお寺にお世話になった記憶があって、、、信者さんじゃないですよ(笑)

f:id:shibasenjin2007:20150920160536j:plain

 境内の片隅に、、、いや、意外と目立つところに「八王子ボーイスカウト発祥の地」の碑がある。実は数日前に来たときに見つけられなかったんですな(笑)

ここは、ボーイスカウト八王子1団の本部で、1団は現存するはず。

僕は小学校3年生から浪人1年目ぐらいまでボーイスカウトに所属していて、中学・高校時代は意外と名の知れたスカウトだった、、、過去がある。ホントの話。だから、何度かお邪魔したことがあるのだ。本堂は新しくなっていた記憶があるんだけど、1団が本部で使っていた建物は古い木造だった。おそらく、お寺さんが使わせてくれていたのでしょう。そんな話を聞いた覚えがある。まあ、「子育て」の子安町のお寺ですから。

まあ、ボーイスカウトが「子育て」に通じるのかと考えたときに、僕自身は「どうなの?」って思っちゃうのも事実。最盛期には15団まであった八王子のボーイスカウトも、少子化とか青少年の価値観の変化などの理由で、どんどん淘汰されていると聞く。僕が所属した8団も、何団か知らないけど合併したと聞いた。現在何団まであるのかも知らない。まあ、「今のボーイスカウトと、自分がやっていたボーイスカウトは、別物」と感じ始めて疎遠になってから、もう30年経ったので、これ以上は言及しない。でもね、ひと言だけ。「少子化」以外にも(人数的な)衰退の原因はあったんじゃないかな?

f:id:shibasenjin2007:20151013115318j:plain

それでも、こんなのは家にいます(笑)SNOOPYのビーグルスカウト関係のグッズは、集めたいなと思う。

f:id:shibasenjin2007:20151013121554j:plain

さ、前に進もう。

先ほどの水路とか、小さな橋を渡るうちに、「なるほどな」と思った。古地図を見るとこの辺りは桑畑に囲まれていた様だし、水の流れがあれば活用する人が古来からあったのでしょう。それで「清流寺」なんだね。

f:id:shibasenjin2007:20150918173410j:plain

地図の「小野路橋」

昭和62年に架けられた様だけど、わりと最近まで「清流」に囲まれていた地域で、都市化と道の整備とに合わせて橋も架け替えられたのでしょう。奥に見える道が新道。

「小野路」の名を見ることができたのは、「小野路街道踏切」、「滝不動の説明板」と、この橋ということになる。

ここまで来れば八王子駅はほど近い。

f:id:shibasenjin2007:20150918173600j:plain

地図の 新道と合流するほんの30メートル手前が、今日歩いてきた「旧道」の一応の出口。

f:id:shibasenjin2007:20150918173910j:plain

合流地点を逆方向から見ると、右に入る細く見える道が旧道に見えなくもないけど「新道」つまり「野猿街道」。今歩いてきた「旧道」は、「や台ずし」の先、もう少し先の赤い「らーめんや」の先を右に入る。

f:id:shibasenjin2007:20150918173640j:plain

左がようやく広い道に合流した「新道」

しかし、「旧道」は簡単には合流しない。右側にほんの数十メートルですがね。

この道は一方通行になっていて、駅前から出てきて左折する車の抜け道になっている。これも都市計画?簡単には廃止できなかったってことなんだけど、しかしまあ、この細三角形の建物、よく建てたな(笑)

f:id:shibasenjin2007:20150918173821j:plain

本日はここまで。右が駅前で途切れてしまう、、、、正面の高いビルに飲み込まれてしまって辿れなくなってしまう「旧道」の末端になるんだけど、、、、

んん????

「野猿街道」(つまり新道)って書いてあんじゃん!

この先は、駅前ロータリーで行き止まりなのでは?

野猿街道の終点は、「八王子駅南口」ではないはず!左の広い道が「野猿街道」じゃないの?

いや、南口の再開発の前までは駅前を西に向かう道が「野猿街道」であったことはわかっているのだけど、今は通り抜けられないでしょ?

う~んんんん。

あ、そうそう。この「散歩」の際にfacebookに投稿したところ、直ぐに高校時代の後輩から情報をいただきました。実はこの写真に写っているある建物は、彼女(後輩)の母上のご実家なのだそうで、右の道はかなり以前から存在していたとのこと。(情報ありがとうございます)

これで小野路道の続きであることだけは、はっきりした(笑)

次回はこの先を、「小野路道」の終点まで辿ろう。【続く】

 

【お断り】

話の展開上すっとぼけた表現をしていますが、この先どうつながるのかは「散歩」済みです。はい。でも、この時点では、本当に「なんで野猿街道なの?」でした。

★★★★★★★★★★★★★★

ブログランキングに参加しています

よかったらポチッとお願いします

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

にほんブログ村 オヤジ日記ブログ 40代オヤジへ
にほんブログ村