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努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

我ら「熱狂の傍らの少数派」~近鉄の思い出~

 日本経済新聞の「とことんサーチ」という欄に、オモシロい記事が載っていた。日経って、スポーツ関係の記事でも経済的な話題にもっていくので、読んでみるとオモシロいことが多い。

僕が生まれたのは母の実家であった大阪で、鉄道だろうが野球だろうが、好きなのは「近鉄」だった。あ、近鉄のラグビーが強かったのは知ってたけど、当時のラグビーには興味なかった(笑)

関西の人間の大半は阪神ファンで、北海道で生まれたはずの従妹までもが熱狂的な阪神ファンなのが癪ではあるのだが、まあ、親父さん(叔父にあたる)のルーツは大阪なのだから、まあ仕方がないことなのだろう、、、、って書いてると、従妹が怒りそうなのでやめておく(笑)

要するに、関西の人間の大半は「阪神タイガース」のファンだという現実があって、しかし、実は少数派がいるんだよというオモシロい記事なのである。

www.nikkei.com

 記事に掲載されている2枚の写真の次の図に「関西のプロ野球球団の変遷」というのがある。正直に言うと、少し事実と違うところがあって、阪急ブレーブスがオリックスに身売りしたのは1988年(昭和63年)の話である。ま、作図上のスペースの問題なんだろうけど、この図を見る限り1980年代初頭には「阪急」が「オリックス」に身売りしたことなっている。時系列が間違ってる。これでは話が通じないのだ。

まあ、いいや。

僕がもの心ついた、まあ、幼稚園ぐらいのころから、小学校の低学年のころは、近鉄は弱かった。いや、球団創設以来すっと弱かった。毎朝、NHKの7時のニュースで「昨日のプロ野球、ナイターの結果です」って報道があるんだけど、「近鉄が、昨日も負けたんだ」と思ったという事実が、毎日のように繰り返えされたのだ。

それが1970年代になって、名将・西本幸雄監督を迎えてから少しづつチーム力が上昇したのだが、、、、あ、僕よりも先輩の年代の方々は「三原監督を迎えてから」なんだろうけどね。とにかく、そのころは「阪急ブレーブス」の黄金時代なのだ。

僕が毎日のように「昨日も負けたんだ、、、。」よと思っていたのは、そんなチームの過渡期だったのだ。

よく覚えているのだが、1975年の後期(当時のパリーグは2シーズン制)に近鉄が球団創設以来初めて「優勝」した時も、プレーオフで阪急に負けた。ちなみに、この年のセリーグは長嶋監督就任1年目の「読売」が球団初の「最下位」になった年であり、優勝した「広島」も初優勝だった。そして、日本シリーズは阪急の圧勝だった。

近鉄が次に優勝しそうになったのは1978年のことで、やはり後期の最終戦、今はなくなってしまった近鉄の本拠地・藤井寺球場で阪急に負けた。未だに照明施設もなかった当時の藤井寺が超満員になったのを、、、、ラジオで聞いていた(笑)

翌年の1979年になって、ようやく「前期優勝」した。そして後期を制覇した阪急とのプレーオフで、なんと阪急に3連勝して「パリーグ初優勝」となったのだ。

ようするに、「阪急に勝てないと優勝できない」時代だったのである。

翌年も「後期優勝」して、前期制覇の「ロッテ」を相手にプレーオフで3連勝。2年連続優勝したのだが、、、、広島に2年連続「3勝4敗」で日本一にはなれなかった。未だに語られる「江夏の21球」の時である。

その後、今度は「西武ライオンズ」の黄金時代に阻まれて、ようやく1988年に最終のロッテ2連戦に連勝すれば優勝だったのだが、、、、最後の最後にロッテに追いつかれて2位。「10.19、伝説のダブルヘッター」である。今となっては野球ができないグランドになってしまった川崎球場は、ものすごい数の、、、、近鉄ファンで超満員になった。大学1年生だった僕も、「悪友という名の親友」と駆け付けた。

まあ、勝ちきれなかったのは仕方がない。テレビ中継のアナウンサーは「This is プロ野球」と絶叫した、、、、、とにかくすごい試合だった。

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↑ ↑ ↑ この試合ね。

実はここでも、阪急に邪魔、、、、勝負事だから邪魔と言ってはいけないのだろうけど、実は10月17日に近鉄は阪急に負けていた。その前日に優勝マジックの対象の西武が全日程を終了していたので、近鉄が優勝するには残りのロッテ戦3連勝しかなかった、、、、だから、もし17日の阪急に勝っていれば、19日の第一試合に勝った段階で優勝だったのだ。野球に「たら・れば」はないのだけど、、、、因縁の阪急だよね。

でもでもでも、、、、これはやっぱり「邪魔された」と思うのだけど、この10月19日に阪急は、わざわざこの日に、「オリックス」への球団譲渡を電撃発表したのだ。

既に大阪・難波の大阪球場を本拠地とする「南海ホークス」も「ダイエー(現在のソフトバンク)」への譲渡を発表していたので、「阪急も身売りだ!」と大騒ぎになった。

なんかさ、パリーグの優勝が決まるという大切な日に、わざわざ発表せんでもええやろ!

その日の晩の「プロ野球ニュース」(懐かしいねえ)でも、阪急・近鉄の両チームで監督をし、優勝した西本元監督が「なんで、わざわざこんな日に、、、」と怒りを露わにしていたらしい。(帰宅した時にオヤジが言っていた)

 

翌年(平成になった1989年)は、西武・阪急じゃなかったオリックスとの三つ巴になったのだけど、ブライアントの4連発本塁打で西武を振り切って優勝。その時も、最後までオリックスに苦しんだ。まあ、日本シリーズで読売に「3連勝4連敗」で負けたわけだけどね。

 

近鉄と阪急との遺恨、、、だと僕が勝手に思っている話が長くなったけど、その後2001年の新本拠地・大阪ドームでの優勝、お約束で日本シリーズでは「ヤクルト」に負けたのを最後に、近鉄は優勝できなかった。もちろん、とうとう日本一にはなれなかったということになる。

そして、、、、2004年の球団再編問題で「オリックスとの合併」が発表される。今では球場名などでありがちな、ネーミングライツ問題ってのに失敗した結果でもある。仲間内では「チームが残るなら、アコム・ローンズでも、ええやん!」って言ってたんだけどね。

 

さて、結論を急ごう。

合併の時に、僕が思ってたのは、「なんで阪急やねん!」だったんだな。

同じ関西の電鉄会社系球団。ライバルといえば、まあライバル同士の合併。でもね、さんざん苦杯を飲まされてきた相手。しかも、向こうは簡単に「ブレーブス」の名前を捨てて「ブルーウエーブ」に換え、今度は「バファローズ」にするという。合併というか、実質吸収合併の近鉄側の条件が「バファローズを残してくれ」だったらしいけど、、、、近鉄ファンは誰も応援せえへんで!だったのだ。

分配ドラフトやプロテクトでオリックスに指名された近鉄の選手たちも、「生活があるから大阪から離れられない」とオリックスに入った選手、「バファローズとは言っても、チームは解体されたのだから、、、」と新規参入した「東北楽天ゴールデンイーグルス」への移籍を望んでオリックスを拒否した選手もいた。

 

そのとき僕は、もう野球は見なくてもいいかな、、、、と思っていた。でも、結果的に「いくら仰木さんが監督になるといっても、バファローズに近鉄らしさは残らなかったけど、楽天はバファローズみたいなチームになりそうだ」と考えて、楽天ファンに移籍した(笑)

そう、その後の楽天は、予想通り「近鉄バファローズ」のような苦難の歩みを続けたが、まあ野村監督の招聘からチームが少しずつ変わった。近鉄が三原さん、西本さんの招聘からチームがかわり、仰木監督の時代に日本シリーズで優勝できなかったけれども、読売に3連勝したのと同じように、星野監督が読売に勝って日本一になってくれた。

来年から、近鉄バファローズ最後の監督、そして最後の優勝監督、梨田監督が楽天の監督になる。

実は梨田・近鉄が優勝した2001年は、僕が最初のベトナム・ハノイ赴任から帰ってきた年だった。2013年の星野・楽天の優勝の年もベトナム・ダナン赴任から帰ってきた年だった。なんとなく、因縁を感じますな。

 

現在のオリックス・バファローズのファンの中にも、近鉄時代から、あるいは阪急ブレーブス、オリックス・ブレーブス、オリッス・ブルーウェーブ時代から続けて応援している人もいるだろう。

逆に「なんで今さら近鉄と合併せなあかんねん」という阪急ファンも少なくないと、僕は思う。

 

日本経済新聞の記事の中で、「初めから『阪神ファン』といえる人は幸せだと思う。大阪の野球ファンは多くが球団に裏切られてきたから」とあるけど、まあ、そうだろうなあ。

さらに、「関西にはかつて4球団があり、熱心なファンが今でもいる」これも、そうだと思いますよ。阪神・近鉄・阪急・南海、すべて電鉄会社なんだよね。

 

ただ、近鉄だけは球団そのものが消滅したのであって、今のバファローズは近鉄とは関係がない。

 

最後の記事引用「2004年に近鉄がオリックスと統合した際、人気選手の移籍に伴い元近鉄ファンが楽天に流れた」とあるんだけど、これは外れではないけど当たりでもない。岩隈投手や磯部選手など新球団(オリックスバファローズ)のプロテクトや分配ドラフトの結果を拒否した選手のことを指しているんだろう。

それはまあそうでしょう。でもね、別に合併を撤回して、楽天なりライブドアなりアコムなりに譲渡して球団を残すって言う選択肢がなかったのか。

いいじゃないの、「東北楽天バファローズ」でも。そうならなかったのは、1リーグ制、全部で6球団だったかな?どうしても球団数を削減して、自分たちの利益だけを求めようとしたオリックス本社の社長だとか、読売の老害の何某の言動に、多くのファンが「ついていくのが阿保らしくなったから」でっせ。

だから、「なんで今さら阪急を買収したオリックスやねん!」であるし、楽天が日本一になった時の相手は読売だったことに「ニヤリ」としたわけだ。

僕だけかもしれないけどね(笑)

 

「阪神が優勝した時の大阪の経済的効果は約600億円で、他球団の2倍以上」なのだそうだ。そりゃ、野球ファン以外でも阪神に期待する人は多いのでしょう。そんな言葉で記事を締めくくるのもわかる。

球団も本拠地も名称も変わっていない、タイガースのファンは羨ましい気もする。

ただし、阪神タイガースの親会社の大本は、「阪急・阪神ホールディングス」なんだよね(笑)

 

でも、親会社が変わって、福岡に行ってしまっても球団は残ったホークス、名前は残ったけど、球団は消滅してしまったバファローズ、球団は残ってるけど愛称は跡形もなくなってしまったブレーブスやブルーウェーブのファンはね、、、、寂しいものですよ。それでも、自分の思いをどこかのチームに寄せて応援しているわけであってね。

 

タイガースに熱狂する大多数の傍らに、確かに存在している近鉄や阪急や南海の少数派のファンに、「お互い、頑張りましょうや!」と言いたい。そんな気分ですな。

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