努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

年越し蕎麦に思う(紅白を視ながら)

 大晦日である。

この日は「年越しそば」を食べるというのが、まあするべきことなんだけど、実は自宅で家族と一緒に食べた記憶がほとんどない。

と言うのも、幼いころは大阪の母の実家にひとりで行くことが多く、祖父が大阪ガスに勤め、退職後も関連会社に勤めていたので、蕎麦と言えば大阪なんばの地下街にある某店と決まっていたのである。なんでも、開店の時にその店の一切のガス工事を祖父が請け負ったとのことらしい。そして、僕だけに、なぜか冷たい「ざる蕎麦」を、祖母が何も言わずに出してくれたものだ。

そういえば、その店に祖父とふたりで行ったときに、女将さんに「あら、お子さん?」と言われ「こんな小さな子がおるか!孫や」と、そんな会話があったのをふと思い出した(笑)たしか、小学生だったかな?

その後は、ボーイスカウトの高尾山初詣とか、スキー訓練とか、年末年始は出かけることが多く、大学受験の3年間、いや、4年間は予備校で「越年授業」といって、大晦日の朝から元旦の早朝まで、その間、餅つきとか、年越し蕎麦を挟んで勉強だったし、学生時代はその予備校のアルバイトで、提供する側になったし、独り暮らしで実家に帰ることもなかったので、まあ、家族で年越し蕎麦は記憶にないのだ。

母が他界した年だったか、僕が用意して帰宅したら、父も用意していて、二人なのに大きなエビ天が8匹という、、、、、正月も蕎麦と海老天を食べ続けた記憶もあるが、まあ、それが最後である。

 

むしろ、5回のベトナムでの年越しの方が記憶にも新しく印象深い。

ダナンもハノイも、最初の大晦日はひとりで。ハノイの時は、日本へ大至急送らなければならない、学生たちの看護学校受験の願書を整理したり点検したりしていたら、、、、同僚たちはしばしの休暇を楽しもうと既に計画を練っており、直前まで学部時代の先輩が遊びに来ていたこともあって、僕はその仲間に入らず?入れず?入れてもらえず?

先輩も日本へ帰ってしまった大晦日の朝、「先生、ごめんなさい、私は家に帰ります」と、手伝ってくれて、バイクに乗せて送ってくれた事務のハーちゃんとハノイ国際中央郵便局の前で別れた僕は、ホアンキエム湖のいつものカフェでビールを飲みながら、茫然自失となったのだった(笑)

まあ、夜になってどうしようかと思っていたら、セオム(バイクタクシー)のトンさんが部屋まで「出かけないのか?」と来てくれたおかげで、いつもの「紀伊」は日曜日で定休日だったので、たまに行っていた他の店でトンさんと乾杯し、年越し蕎麦をいただくことができたのだ。2000年の大晦日、21世紀を迎えようとする大晦日まで、仕事のこと中心に動いていたので、、、、と言い訳をするわけなのだが、今となっては笑える。ちなみに、21世紀は他の部屋は全て真っ暗な学校の教員寮で、お供のヌイグルミたちと濁酒を飲みながら迎えたのだ(笑)

3年後の 2回目の年越しでは、いつもの「紀伊」のカウンターで当時の時事通信社のハノイ支局長さんと意気投合して、もう一軒行った。そう、タンロン遺跡の発見をスクープした方で、(中国・唐代の)安南都護府の長官が阿倍仲麻呂だったんじゃないかという話で盛り上がったのだ。

 

またまた長くなってしまった。話をダナンへ飛ばそう。

 

2010年の大晦日。僕の立場は赴任していた学内唯一の「外国人教師」であり、まだその時点では積極的にお付き合いをしたいと思う現地在住の日本人とも出会っておらず、ひとりでいつもの「北国」にいた。

22時少し前から、仲良くしていた店員のトンちゃんがしきりに時計に眼をやり、、、基本は22時までの店なので「早く帰りたいのかな?」と思っていたのだが、、、、22時ちょうどに、、、、

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 これが運ばれてきた。いや、トンちゃんが運んできた「年越し蕎麦」である。

ベトナム時間で22時と言えば、時差の関係で日本では0時である。ああ、こういう気の使い方ができるんだと、その時以前のベトナム人とのお付き合いの中ではあまりなかっったことなので、感心したものだ。

毎年大晦日にはサービスされるんだけど、他にも日本人のお客さんいたのにね(笑)時間合わせて持ってきてくれたのは嬉しかったな。

まあ、彼女に対しては正反対の評価も少なくはなくて、だからこそ、、、、ちょっと嬉しかった(笑)

この日の話には、実は続きがある。店員の女の子たちと、「年明け蛙」を食べに行ったのだ。そう、カエルである。その話は、2011年1月2日に書いた、前ブログ「日本語教師・努くん ビアホイ探訪記 2010ー ダナン編」の記事「年明けに蛙を食す」に詳しいので、よかったらご笑覧ください。

d.hatena.ne.jp

さて、日本へ帰ってきてから3回目の大晦日である。

東京・杉並の高円寺の仲間と過ごすのが毎年恒例になっているのだが、昨日の授業中から咳がとまらず、欠席することにした。夕方になって熱っぽくなってきたので、迷ったのだけど、欠席の連絡をして、「蕎麦」と「海老天」を買ってきた。

紅白をリアルタイムで見るのは何年ぶりであるのかさえ覚えていないのだが、まあ、いいでしょ。ひとつ苦言を呈させていただければ、いくら目玉企画がないからって、「たかみな」の卒業前ラスト紅白だからってサプライズで卒業生を登場させて、たかみな泣かせて、NMBにはセンターが同一人物だからって(朝ドラの主題歌だからって強引に)AKBの曲を歌わせるって、、、、どうなのよ?

どうせサプライズなら、フォーチュンクッキーの時に、この前のTBSの「クリスマスの約束」で生ギターで歌ってた小田さん(小田和正)を登場させた方が、(僕的には)よほどよかったと思う。小田さん、絶対に断るな(笑)

あ、乃木坂46の初出場はよかった。選抜メンバーだけではなく、37人全員でって本人たちが希望したのだそうだけど、その意気やよし。「君の名は希望」は好きな曲なので、去年は残念だったけど、初出場よかったね。

あとさ、ゴールデンボンバーが「女々しくて」を歌ってたけど、僕はダナンの日本商工会の新年会の出し物で聴いた以外は、紅白でしか聴いたことないぞ!ちなみに、4年連続同じ曲での出場だそうな。それも、どうなの?

紅白、わかんねえ(笑)

 

オヤジが鬼籍に入ったのが、たまたま元旦だったので、実質2年間の喪中と言うことで、久しぶりの正月らしい正月になりそうですが、、、、風邪引いちまった(笑)

 

それでは、みなさま、よい年をお迎えください。 

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