読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

努君的徒然草2014~

元在ベトナム日本語教師で、看護医療系受験予備校講師の努くんの公式ブログ

日々の行動、活動や、思い出話。 日本語教育や国語教育のこと。 鉄道や駅弁の記録。 ベトナムのことなどなど。 徒然に記します。

とめ、はね、だけかな?

漢文・漢字・漢語 看護・介護 教師生活 恩師 学生時代 ダナン ベトナム 日本語教育 追憶

大学の3年生の時の話である。「書道Ⅱ」という授業があった。中学・高校の国語科教員免許を取得するには必修の単位である。だから、、、、と言っては語弊があるのだろうけど、教員養成では日本一と言っても決して過言ではない母校の「教育学部」が改組され、創設された文学部の「中国語中国文学科」の2期生、しかも少数派の「古典クラス」だった僕たちは、ほぼ全員が教職課程を履修し、その授業を受けていた。

今だから言うけど、僕たちはみんな「負け組」だった。今はそう思ってないのだけど(笑)でも当時は、教育学部に落ちてとか、他の教員養成系の国立大学に合格できなかったとか、、、、だから教育学部の授業を聴講履修して小学校の教員免許をも取った仲間もいた。そんな事情もあって、多浪生(今や死語やね.。何年も浪人した人のこと。あ、浪人も死語か(笑))も少なくはなくて、僕は必ずしも教職が志望ではなかったのだけれども、その「多浪生」の最右翼が僕だった(笑)ま、いいや。

その授業はいろいろな意味で厳しくて、その中でも一番「ムカついた」のは中国人の講師が「オマエら漢文しか読んでないんだろ?中国語も話せないんだろ(笑)」という「にやついた」軽蔑というか、僕らを馬鹿にしたような顔だった。たしかにそのとおりだったけど、「じゃあ、あんたは日本の古文が読めるんかい?文言(漢文=つまり中国の古文)まともに読んだことあるんかい?」と、いつか言い返してやりたかった。実際、中国人に「大学や大学院で、何を勉強していますか?」と質問されて「『史記』の註釈史を、、、、」と話しかけると、「文言ですか?なんでそんな難しいことを勉強しますか?私にはわかりません、、、」と言われて、ほくそ笑んだことが何度もある。文言、漢籍の重要書物は日本にあることの方が多い。それは事実である。誰も知らないことだけど(笑)そして、その度にワン(王)ナンチャラという教員のニヤツイタ顔を思い出し、不機嫌になった。それは、今でも変わらない。

 

また長くなるから、話を前に進めよう。

 

その授業は1時限目で、仲が良かった仲間が前夜に部活動のコンパだったらしく、突然「すみません、気持ち悪くて書けないので、帰ってもいいですか?」と言い出した。そのワンなんちゃらは「なんだ二日酔いか?欠席にするぞ!」と言い放った。ま、それはそれで「良い指導」だ。でもね、その侮蔑感に満ちたニヤケ顔は、棺桶の中まで忘れないだろう。

ところがである。そんな出来事があった日の授業だからよく覚えている。僕が書いた字が、朱色の墨汁で滅多切りにされた。全否定である。

僕は書道に関しては多少の心得がある。小学校や中学校の習字の授業でも、高校の選択科目の「書道」でも、悪い評価は受けたことがなかった。決して綺麗な字ではないけれど、それは「個性」だ。

僕は完全に切れて、そのワンなんちゃらに「あのさあ、書道って芸術だろ?王羲之がどれだけえらいのか知らないけど、王羲之の字が美しいとは俺は思わない。真似りゃいいの?なんで?そもそもだよ、本来常識であることを教える側面と、個性を尊重する側面とがあるのが教育じゃねえの?芸術って、その最たるもんでしょ?」と言い返した。後ろに並んでいた女優の牧瀬理穂に似ていた仲良かった女の子が「陣内さん!」って肩をたたいて止めてくれたから、「中国ではどうだか知らね~けどさ!」という、一番言いたかった一言は言わなかった、、、言えなかった(笑)

 

本題はここからである。

 

「オマエさ、学習指導要領、読んだことがある?」とワンなんちゃらは、いつものニヤケ面で質問してきた。僕は「あたりまえでしょ!」と言い返したのだが、一瞬、何が言いたいのかな?と逡巡し、押し黙った。彼は(たぶん、そんなに年齢違わなかったと思う)「小学校と中学校の国語の学習指導要領をもう一回読んで来い。あと、高校の国語科と芸術科もだな」と言い、後ろに並んでいた彼女の書の添削を始めた。その時、終業のチャイムが鳴った。

いつも書道の道具を置いていたバドミントン部の部室の前のベンチで珈琲飲みながら、ムカッとしたまま座っていたら、さっきの彼女が笑いながら手を振って来てくれた。お互いに次の授業がなかったから、少し早かったのだけど学食にご飯を食べに行った。

彼女曰く「あのね、陣内さんが(彼女は3つ年下)キレタの初めて見たんだけど、笑っちゃった。私も同じこと思ってたの。でもね、最近、わかるような気がしてるんだよね。」「あの先生さあ、この授業は書道じゃないよって、言いたいんじゃないかな?」「だって、漢文専攻の私たちに、中国語勉強しろって言うでしょ?あの先生、時々、日本語おかしいじゃない?他の中国人の先生は、気づかないんだか、ごまかしてるんだか知らないけど、あの先生、下向いて顔赤くしてるの。気づいてた?」「漢文を教える先生になるんだったら、中国語を使えるようになれって意味だったら、たしかにそうだよね。」

う、、、彼女の方が冷静である。言われてみれば、その通りだ。正直、反論は何もなかったし、できなかった。

僕は、彼女と話しながら、学食の2階の日替わりパスタを食べながら、もう気持ちは図書館に行こうと考えていた。学習指導要領を確認するために。だって、彼女の「この授業は書道じゃないよって、言いたいんじゃないかな?」って言葉で、気づいていたんだ。

「文サ、行こう!」文サとは「文教サービス」の略。母校・文教大学にはいろいろな事情で生協がなく、学食や購買は文サが扱っていた。それでも、さすがに教育系の書籍の品ぞろえはよく、学習指導要領は平積みされていた。彼女の言葉に、あ、図書館よりも近いかって思って、「行こう!」と。だって、彼女が学習指導要領を見ようよって言ってるのはわかったから(笑)

僕は中学の学習指導要領を手に取り、彼女は高校の芸術科を開いた。

言うまでもない。いや、見るまでもない。

小学校や中学校の「習字」は「国語科」の範疇であり、あくまでも「書写」である。高校での「書道」は芸術科の科目であり、、、、つまり音楽や美術と同じである。高校の国語科の教員は、芸術科の科目である書道を教えることはできない。ようするにだ、、、、簡単に言えば、そもそもの教員の、いや科目の役割が違うのである。「習字」「書写」そう、国語の授業では正しい字、読みやすい字、わかりやすい字を「書きなさい」「覚えなさい」という指導をしている。いや、しなければならない。だから、まずは「書き写す」という行為は、まさに「お手本を」なのである。僕たちは「お手本」になる字を書かなければならない。そういうことだ。

「書道Ⅱ」という科目は、国語科の教員免許状を取得する科目なのだから、“そのこと”を理解できない奴には単位は出さないぜ!ってワンなんちゃらの意図は、十分に理解できた。脱帽である。

僕は次の授業で、初めてその授業で教卓の真ん前の一番前の席に座り、ワンなんちゃらが僕の顔を見てニヤッとしたのは見逃さなかった。授業の後に「すみませんでした」と頭を下げ、「読んだのか?」「はい。国語科の教職課程に書道が入ってる理由が、よくわかりました」「うん。良い先生になれよ」「ありがとうございます」

実は、その先生とまともに会話したのは、その時が最後である。基本的には嫌いな人だったしね(笑)

その日から僕は、わざとテキストのお手本から少し「外して」書き、わざと朱色の墨汁でダメ出しをしてもらった。そして、その朱色を「なぞり書き」した。だって、学習指導要領に「書写」「写して書け」って書いてあるんだから。それでもしつこく、ダメ出しをされた。そのたびに「コンチクショウ」と思いながら彼女の顔を探すと、いつもきまって僕を指さして笑っていた。

f:id:shibasenjin2007:20160212111701j:plain

この下の写真は、彼女たちの卒業式に、母校の正門前で撮ったもの。左が「牧瀬里穂」ね(笑)恩師・水沢利忠博士に「水沢ゼミの三羽烏」って言われていた。僕は卒業できなかったので、後輩の女の子と帰ろうとしていたんだけど、「先輩、私が呼んでくるから、ここで待ってて。絶対に後悔するから。そんな情けない顔、見てられない!」と言われて、呼んできてもらって撮ったものだ。未だに、本棚の片隅に飾ってある。

その後、いろいろな事情も重なって2年も留年、、、っていうか、かってに学部に残っていたこともあり、意地になって書道科目は全部履修し、「書道科教育法」も履修して基本的には中国語中国文学科では取れなかった高等学校「芸術科(書道)」の教員免許も自己申請で取ることができた。(だって、5年目、6年目は暇だったから(笑))書道の教員として教壇に立った経験はないけどね。

でもでもでも、僕を2回もベトナムへ派遣してくれたNPOの常任理事に「昔タイプの国語の先生の字だよね」と言われたことと、最初のベトナム赴任でも学生たちに「先生の字が、一番わかりやすいです」って言われたのは、誇りだな、、、と思ってもいいかな?(笑)あ、2回目のベトナム赴任では、僕しか日本人がいなかったから比較のしようがない。最初からウルトラ文字だね(笑)

まあ、今でも痛切に思うけど、僕の字は芸術の書道ではないな。国語科の習字の教員の字だな。だからこそ言う。なんで日本語教師の特に女性の先生は、「丸文字」が多いんだい?学生も言ってるよ。「テキストや先生の字と違います。なんとなく読めますけど、真似しなければ書けません」って。全員とは言わないです。でもね、そういう印象が僕にあり、学生が「勉強しづらい」って言っているのは事実だ。

浪人時代にオフクロが言っていた。「あんたの字は、オータ先生の字を真似して、ピンピンはねているから読みにくい」って。高校時代の恩師、大好きな世界史の先生だったオータ先生の学生時代のノートをコピーさせてもらい、それをベースにして、世界史のノートを作っていたから、まあ、それはそうだろう。浪人時代の世界史の恩師にずっと後から飲みに行ったときに「一番前の席に、俺の授業ノート以上のノート持って座ってたんだから、今だから言うけど辛かった!」と。

だからこそ思う。「教師の字は絶対だ」って、今はやりのドラマのセリフか(笑)年賀状をいただいて笑っちゃった。小学校や中学の恩師も、高校のオータ先生も、大学の恩師も、大学院の恩師も、変わってね~って思ったら、中学の恩師のナカノ先生に電話で「筆跡なんて簡単に変わるわけないだろ!」って笑われちまった(笑)

ひとつ言い訳をしておくと、僕は横書きが苦手だ。国語は縦書きだから。だから、予備校や塾で世界史や社会科を教えるとき、日本語を教えるとき「ごめんなさい、慣れるまで字が下手です」ってカミングアウトしている。

と同時に、日本に帰ってきてしばらく、小論文で使う横書きの字と、国語で使う縦書きの字が、どちらも中途半端で自分でも嫌だった。読みにくかったと思う。あと、ごめん、僕はホワイトボード苦手。あと、チョークと黒板の相性もあるなあ。大好きなチョークの会社は廃業しちゃったし。ベトナム赴任時代には派遣元に懇願して、その会社の蛍光チョークを取り寄せてもらったこともあるんですよ(笑)

なんでそうなる?理由は簡単である。1浪目ぐらいまでの僕の字は、下手だ。勉強していなかったから。字を書いてなかったから。慣れてない字は書けねえ(笑)

 

もう結論を書かないといけない。何が言いたいって、これだよ。

sp.yomiuri.co.jp

学校のテストなどでは、指導した字形以外の字形であっても、柔軟に評価するよう求めている」って、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおおいおいおいおいおいおおい、、、、、学校のテストなどって、などってなんだよ?柔軟って、どこまで許容範囲なのさ?誰に求めてるんだよ?(笑)どこまで求めるんだよ?

あのねえ、僕は予備校講師を始めた1988年の段階で、先輩講師諸先生、実際に大学や高校の入試問題を作っている諸先生方に聞いて廻ったんだ。だって、採点基準がわからないと指導できないじゃん。その結果共通して「トメハネまでは見ないけど、画数が違ったらアウト」だった。そりゃね、画数が違うと別の字になっちゃうこともあるしね。

実際には画数の問題が、裏が深くて問題はたくさんあるんだけど。

いくつかの高校で、入試の採点を担当したことがあるけど、いつもそのことを質問、確認していた。若い先生は「そこまで気にしますか?」って言ってきたこともあるけど、ベテランの先生は「さすがに予備校の先生は大切なことに気づきますね」って言ってくれた。

例えば、「収入の収」の字は四画なのか、五画なのか。もう、今書店に並んでいる漢和辞典でも「五画」としているものもある。

入試問題を作成した数少ない経験の中でも、模範解答&採点基準には「画数が違ったらバツ」と記した。何も異論はでなかった。そういう指示がないときは、確認はするってのが僕のスタンス。

だから、中学校受験だろうが、高校受験だろうが、大学受験だろうが、看護学校受験だろうが、学生が小学生だろうが中学生だろうが、高校生だろうが浪人生だろうが、大学生だろうが社会人だろうが、日本人だろうがベトナム人だろうが中国人だろうが、どこの外国人だろうが、画数だけは崩すなと教えてきた。そしてその時、実は「習字」「書写」の経験を活かすことができると熱く語ってきた。だから、筆は簡単に手に入るベトナム・ダナンで、日本から水で何度も書くことができる「半紙」を取り寄せた。Amazonで(笑)

f:id:shibasenjin2007:20130201155418j:plain

f:id:shibasenjin2007:20130201162820j:plain

おっと、これ ↑↑↑ は僕が書いた字だった。

f:id:shibasenjin2007:20130201162345j:plain

下手くそ~(笑)でもね、習字で慣れる「筆運」って、「書ける」「読める」「わかる」字を書くには、最適な活動なんだよね。僕はベトナム人に日本語を教えるときに、最初から漢字を教える、、、、細かいことは「企業秘密」だけど。そして、「ベトナム語訳の常用漢字表」を渡して、自分の名前を漢字表記にさせることからスタートする、、、、これはベトナムでしか通用しない指導法なのだが、、、、、なんでベトナムの日本語教育でごくごく一部の教師しか使わね~のかな?と思うんだけど、まあ、横に置こう(笑)ちなみに、彼女の名前の漢字表記が「翠」である。後ろの学生が開いているのが常用漢字表だ。

「とめ」「はね」がど~でもいいのなら、彼女が書いた字でも許容範囲なんだよね。今までなら、いや、これからも、僕は「こんな字はない」ってダメ出しするけどね。本来跳ねるべきところを跳ねないのもOKと言いたいんだろうけど、この字はそもそも跳ねない字だけど、それでも跳ねてもOK、、、、となるわけですよ。そう国が認めたんでしょ?ああ、そうですかとしか言いようがない。僕はダメ出しをし続けるけどね。「個性」OKなら、こっちも「個性」ですよ。

 

でもね、今の今まで、なんで誰も言わなかったのかな?なんで文部科学省じゃなくて、文化庁なのさ?いや、それはそれで、そうだね。でも、一番に影響があるのは「学校」じゃないのかな?文科省でしょ?

元国語科高校教諭の馳文科省大臣はなんていうのさ?「そのように通達します」とかなんとかほざいたら、笑っちまうぜ。ボケ!コラ!オイ!コラ!(長州力風)(笑)僕は彼を元プロレスラーとしてだけではなく、元国語科高校教諭として見ていますから。所属政党がどうだとか、地元の先輩議員(元首相)がどんなにダメな人間であったとしてもね。いつか、そいつをぶった切って(論破ね、して)ほしい、、、、話がそれた。

 

おそらく、入試業務に関わったことがある「まともな」国語科教員ならば、「何を今さら」って鼻で笑うだろう。それが当たり前。でも「じゃあ、画数の問題は?」って発想があるかどうかが、まともな教員とそうじゃない人かの違い。

僕はそう思う。

今後の対応として、「教科書体フォント」をどういう位置づけにするのか。僕は、全ての教材プリントを20年以上前から教科書体で作成している。「このような字で書きなさい」と。15年前のハノイで、漢字のプリントを「横倍角」(死語か?(笑))で作成した日本語教師に、「学生に迷惑だからやめてくれ!」って言って大喧嘩になったこともある。外国人に外国語として日本語を教える日本語のセンセ~がどう対応するのか、興味深いな(笑)

入学試験は、「そうしなさい」って国が言ってんだから、まあ、そうなんでしょう。あんまり問題ないんだろうなあ、良いのか悪いのかは別にして。

学校教育を前提にした書道教育はどうするんだろう?

あと、僕が鼻でじゃなくて、想像しちゃっただけで笑いが止まらなかったのが、京都にある漢字の検定協会だな。僕もだいぶ昔に少しだけ仕事したことがあるけど(そのせいで、悪い仕事をして暴利をむさぼったと今でも言われることがある)、、、まあ、採点基準の変更を余儀なくされるんだろうけどね、、、、、、、、、、合格率は相当アップするな。アップしなければ、検定試験の意味がなくなるし、やっぱり会社としてダメだとの証明になる。まあ、その方が社会のためにも良いのかもしれないけどね。あくまでも私見です。

 

ま、キリがないので、これでおしまい(笑)」

 

★★★★★★★★★★★★★★

ブログランキングに参加しています

よかったらポチッとお願いします

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

にほんブログ村 オヤジ日記ブログ 40代オヤジへ